2009年07月10日

門扉交換

門扉の交換をしました。
暑い中の作業で熱中症になりかけた様ですふらふら


門扉
posted by アトリエ響 at 20:00| 東京 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月04日

善光寺 庭園

善光寺の庭園です。

善光寺 庭園.JPG

大仏様もいました。
善光寺 大仏.JPG
posted by アトリエ響 at 15:07| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

甲斐善光寺

甲斐善光寺にも行きました。
以下歴史です・・・
当山は、開基武田信玄公が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、永禄元年(1558)、御本尊善光寺如来をはじめ、諸仏寺宝類を奉遷したことに始まります。ここ板垣の郷は、善光寺建立の大檀那本田善光公を葬送した地と伝えられ、信濃より大本願上人以下、一山ことごとくお迎えいたしました。その後、武田氏滅亡により、御本尊は織田・徳川・豊臣氏を転々といたしましたが、慶長三年(1598)信濃に帰座なさいました。甲府では新たに、前立仏を御本尊と定め、本坊三院十五庵を有する大寺院として浄土宗甲州触頭を勤め、徳川家の位牌所にもなっておりました。





善光寺.JPG
posted by アトリエ響 at 19:34| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月02日

甲陽武能殿

間が空きましたが、旅行の続きです。
甲陽武能殿ですが・・・
「甲陽」とは、命名者 観世喜之師の座右の書である、甲斐武田氏の軍学書「甲陽軍艦」より引用されている。「甲陽」の意は甲斐の国の輝く様を表している。
武能とは、武田氏の「武」であり能楽の「舞」と同じ音につながり、古来より武芸を嗜む者は同時に舞をも嗜み、その拍子を己の武芸に取り入れたと伝えられている。
この武田の社に築かれた輝かしい舞台において、能楽を始め神楽また演武といった芸能が未来永刧演じられる事を願い命名された。

・・・とHPに説明書きがありました。


甲陽武能殿.JPG
posted by アトリエ響 at 21:41| 東京 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月25日

練馬検査

朝から練馬の検査に立会いました。
リビングが2階なので勾配天井にして化粧梁を魅せています。
また、エコウィルも設置されていました。


練馬3号棟.JPG
posted by アトリエ響 at 18:12| 東京 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする